生産年齢層における森林セラピーがもたらす気分および 循環機能・自律神経機能に対する効果 ―抑うつの有無による比較検討―
小林敏生1),古屋敷明美1) ,狩谷明美2 ) ,李ゼイエイ1) ,八橋孝介1) ,張峻屹3)
(1)広島大学大学院医歯薬保健学研究院健康開発科学研究室
(2)県立広島大学保健福祉学部看護学科(3)広島大学大学院国際協力研究科
目的
広島県安芸太田町では,2013年5月に豊かな森林資源を利用した「森林セラピー基地」がオープンし,観光と健康を融合したヘルスツーリズムのまちづくり事業を推進している。本研究では,2013年度に実施した森林セラピーモニターツアーへの参加者のうち,生産年齢層における精神的健康度の特徴を把握し,さらに森林セラピーがもたらす気分および循環機能・自律神経機能への影響について検討することを目的とした。
方法
2013年9月から11月にかけて,町内ヘルスツーリズム推進協議会が主催する「森林セラピー」モニターツアーへの参加者のうち生産年齢層の52名(平均年齢41.6.±9.0歳,23~63歳,男性26名,女性26名)を対象とした。森林セラピー前に,参加者の健康関連QOL(SF8),およびうつ・不安状態(K6)について調査した。次に,森林セラピーの実施がもたらす循環機能(血圧・脈拍・心拍数)・自律神経機能,および気分,体調への効果を検証するために,セラピー実施前後に,血圧・脈拍測定,心拍数・自律神経機能評価(TAS9)気分・感情プロフィール検査(日本語版POMS短縮版),体調自己評価(VAS)を行った。参加者を精神的健康度(抑うつ傾向有:K6 ≧ 5点および無<4点)で2群に分類し,調査・測定項目をセラピーの前後で比較し,両群の特徴について比較検討した。本研究は大学の倫理審査委員会の承認を得て実施した。
森林セラピー®とは(森林セラピーソサエティ)
http://www.fo-society.jp/ より
森林浴がもたらす生体反応を,①唾液中のストレスホルモンや心拍変動,②血中の抗ガンタンパク質の変化などで読み取り,森の効果を解明していくことが可能となってきました。
森林セラピーは,こうした医学的なエビデンス(証拠)に裏付けされた森林浴効果をいい,森林環境を利用して心身の健康維持・増進,疾病の予防を行うこと を目指すものです。
具体的には,森の中に身をおき,森林の地形を利用した歩行や運動,森林内レクリエーション,栄養・ライフスタイル指導などの方法によって,これらの目的を達成しようとするセラピーをいいます。いわば,一歩進んだ森林浴です。
安芸太田町森林セラピーロード®の概要(セラピー基地は町全域)
結果
- 参加者の精神的健康度については,抑うつ傾向有の者(K6≧5点)は40.4%で,性と年齢による差は認めなかった(図1~2)。
- 抑うつ傾向の有無の2群(抑うつ無群・抑うつ有群)の検討において,QOLの身体的サマリーにおいては差を認めなかったが,全体的健康感,および精神的サマリーは抑うつ有群は無群より有意に低値(p<.001)であった(表1)。
- 森林セラピー前の抑うつ有群は,うつ無群に比べ,POMS下位尺度の緊張‐不安(T-A),抑うつ‐落込み(D),怒り‐敵意(A-H),疲労(F)は有意に高値, 活気(V)および体調自己評価は有意に低値であった。セラピー後においては,うつ有群では,疲労(F),緊張‐不安(T-A),はうつ無群に比べて有意に高 値を示したが,抑うつ‐落込み(D),怒り‐敵意(A-H),活気(V)はうつ無群と比べて有意差が消失した(表2)。森林セラピー前後のPOMSおよび体調自己 評価の変化については,うつ有群はうつ無群に比べて体調自己評価とPOMSのすべての下位尺度において改善を認め,特に抑うつ‐落込み(D),怒り‐ 敵意(A-H),体調自己評価の改善は有意であった(図3)。
- 森林セラピー前の血圧,脈拍数,心拍数は,うつ有群とうつ無群に有意な差はなく,セラピー後は両群とも血圧は有意に低下した。しかし,心拍数はうつ無群では低下,うつ有群は上昇し,両者に有意差を認めた(表3,図5)。
- 自律神経機能については,セラピー前後の変化は両群に有意な差を認めなかった(図5)。
結論
森林セラピーに参加した生産年齢層は抑うつ傾向が高い者の割合(40.4%)が高かった。うつ傾向有群の全体的健康感やQOLの精神サマリーは低く,気分も抑うつ傾向にあったが,セラピーによって体調自己評価や気分の改善度はうつ傾向無群に比べて顕著であったことから,特に精神的健康度の低い者における,森林セラピーの健康保持増進効果が期待される。今後は森林セラピーの長期的な健康保持増進効果の検証の必要がある。