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いろんなことがあるけど、自然が包み込んでくれる。移住者が語る安芸太田町の暮らし。

安芸太田町には四季折々の風景があります。春には美しい新緑、初夏には蛍が夜を彩り、秋には燃えるような朱色に染まる森。そして、里山に冬の訪れを知らせる雪は、深く、清く、どこまでも美しい景色。

豊かな自然があふれる町では、どんな暮らしが営まれているのか?どのように自然と向き合っているのか?この町の暮らしの魅力ってなんだろう?そんな疑問を、町外の暮らしも町内の暮らしも知る移住者にお話を聞いてきました。

今回、お話を聞いたおふたり。

写真右:濱口和久さん 下関市出身。移住前は、スポーツショップを経営しながら、スノーボーダーとして深入山へ20年間通っていた。2010年、念願の深入山の麓へ移住。自然遊びの達人。奥様と2人暮らし。

写真左:田丸光起さん 広島市出身。大学時代を東京で過ごし、そのまま就職。2015年、安芸太田町へ移住。祖父母が暮らす土地に移住するいわゆる孫ターン。奥様とお子さんの3人家族。

第二の人生に安芸太田町を選んだ理由。

緑が豊かで、冬になれば良質な雪が降り積もるなだらかな山・深入山。その麓、標高約700mの場所に、濱口さんの自宅はあります。「おう、よく来たね」と笑顔で迎えたくれた濱口さん。安芸太田町に移住して8年が過ぎ、現在は集落支援員と森林セラピーガイドを務めます。「20歳の頃から波乗りやスノーボードの虜になって、スノーボーダーとして、深入山には20年くらい毎年通ったねえ」と振り返ります。

濱口さんは、山口県でスポーツショップを経営していました。取り扱いは、一般的なスポーツ用品から自らが没頭していたスノーボードの道具まで。毎日、朝から晩まで必死で働いたそうです。口癖は「人の倍働いて、人の倍遊ぶ」。自らの定年を55歳と決めて、第二の人生を送るステージに、長年通い詰めた深入山の麓を選んだのは、ごく普通なことだったのでしょう。

「どうしても惚れ込んだ深入山の近くに移り住みたかった。人を惹きつける自然がここにはあるんよ」と濱口さん。窓からは、深入山が顔を覗かせていました。

普段、穏やかな濱口さん。それが、スノーボードや波乗りの話になると、ぐっと真剣な眼差しに
空き家バンクで探した家は、DIYで自分の暮らしに合った住まいへ変身中

移住と言うよりは、自然に帰ってきた感じ。

濱口さんの自然との遊びは、スノーボードだけではありません。アマゴ漁が解禁する3月には渓流へ。春を迎える頃には、山へ入り山菜採りを。梅雨の時期には、天然のウナギ釣りを楽しみます。そして、夏は波乗りの季節。安芸太田町から、日本海や瀬戸内海までは、車で1時間で行ける距離です。「山にいながら海の遊びもできるんじゃけえ、この町はええねえ。時化たら波乗り、凪なら釣り」と話す濱口さんは、遊びの上級者。

夏が過ぎ、秋になれば、野山からキノコをいただきます。「キノコはこっち来て採るようになったんよ。移住仲間のキノコ博士と仲良くしよるけえね、安心して食べられるんよ」移住して、新しい友人と新しい趣味が増えたと言います。

日本菌学会会員の新谷正信さんも交えて食卓を囲みます。キノコ博士と呼ばれる新谷さんは安芸太田町のキノコに惚れて、福岡県から移住して来ました
自分で採ったキノコや山菜、釣った魚が食卓を彩ります

実りの秋が過ぎれば、いよいよ、雪が積もる季節へ。濱口さんのスノーボードは、整備されていない天然の雪山を登り、頂上から滑走する『バックカントリー』と呼ばれるもの。自然と一体になって、誰も滑っていないまっさらな斜面を一気に駆け抜けます。まっすぐに、時に曲がりくねって。これまでの想い、これからの希望を、自然が受け止めてくれているようです。濱口さんの話を聞けば、安芸太田町に移り住んだというより、やっと自然に帰ってきたという表現の方がしっくりきます。

自分で色を塗り替えるルアー。自然への敬意があるから、食べる分だけを釣って帰ります
バックカントリーの一場面。時には命の危機を感じることもあるので、自然と向き合う覚悟が違います

田舎にしかない贅沢な暮らしがある。

濱口さんは、自宅の庭に10帖ほどの小屋を手づくりで建てました。ギターを持ち込み、囲炉裏に火が灯れば、どこからともなく仲間が集まってきます。3年前に東京から移住してきた田丸さんもそんな仲間の一人。

「もともと、祖父母が安芸太田町に住んでいて、夏休みなどにじいちゃんばあちゃんの家に遊びに行くのがすごく楽しみだったんです」と、野山を駆け回り、川で泳いだ少年時代を語ってくれた田丸さん。

毎日の暮らしや林業について語る田丸さん。穏やかで明るい表情から、充実感が伝わってきます

東京の大学で林学を学び、そのまま東京で林業を営む会社へ就職。何度か転職を経験した後、少年時代の思い出が詰まった安芸太田町へ移住を決意しました。

「東京の暮らしも好きだったけど、都会で消耗するより自然の中で発見や創造をして暮らしたいと思ったんです」と田丸さん。現在は、太田川森林組合の職員として働いています。安芸太田町は森林面積が多く、林業の可能性が感じられる土地。それも、移住を決めた理由のひとつだったと言います。振り返ると、幼少期に自然の中で遊んだ経験が導いてくれた人生かもしれない、と感じているそう。

田丸さんにこの町の好きなスポットを聞いてみると「那須地区の秘境感が好きです。自作の『毛針』を使って、渓流で魚と知恵くらべをしています」と教えてくれました。さらに「お茶を自分で摘んで煎って、飲んでいます。都会では飲めない一杯ですよね」と贅沢な日常を話す顔は、なんとも満足気。充実している毎日が、伝わってきます。 話を聞いているうちに、小屋の外はすっかり真っ暗に。少々お酒も入り饒舌になった濱口さんがポツリと放ったのは、「いろんなことがあるけど、自然が包んでくれる」という言葉。もちろん、田舎暮らしは楽しいことだけではありません。だけどそれはどこに住んでも同じこと。大きく、やさしく包んでくれる自然と大切な人がいれば、こんなにも暮らしは贅沢になる。自分だけの贅沢を見つけて、自分らしく生きる人たちが羨ましく見えました。充実した暮らしが、ここにはあります。

セルフビルドの小屋に仲間集えば、話が尽きることはありません
そして、また、夜は更けていく。
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